作り手側の言葉が全てというわけではない

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好きな音楽を紹介する時、自分なりに感じたことを文章にしてブログに載せているわけなのですが、それで以前自分が思っていたことは、自分が聴いて感じたことを書いている内容って、もしかしたら間違った解釈なのではないだろうか、カン違いをブログに晒して恥をかいてしまっているのではないだろうかという不安でした。というのも、作品に対して外野がどんなに熱く語った所で、創った本人の一言で、それは全て無効になってしまうと思っていたからなんです。以前にオリジナルアルバムの初回盤には、アーティスト本人の解説は添えない方がいいと言ったことがあるのも、そういう本人による強い言葉の影響力が理由からでした。

そしてその後、そんな気持ちから解消させてくれる言葉を、批評家 佐々木敦さんのとあるインタビューからみつけました。

佐々木敦の名前は、昔から、フレッド・フリスTORTOISE等、好きなアーティストのCDを手に取ると、解説者としてよく目にしていたので、そのうち彼の名前を見付けることが、解説を読む楽しみの一つになっていました。当ブログを好んで読んでいただいているみなさんならば、きっと佐々木さんの解説は読んだことがあるのではないでしょうか。そんな彼の解説の中で特に気に入っているのが、マーク・リボーの「ドント・ブレイム・ミー」で、冒頭に

「マーク・リボーという人ほど、その魅力を言葉で語りにくいミュージシャンもいない」

という言葉で始まるのですが、最後に

「本作は実に聴き応えのある、非凡なアルバムである。その証拠に、言葉で語りにくいといいながらも、こんなに言葉を費やしてしまった。」

で締め括るんですね。これを読んで自分は、解説そのものに作品的なものを感じました。それまで自分は、解説そのものに作品性の様なものを求めるのなんてナンセンスだし、そんなもの解説としては機能しないと思っていたのですが、ここでそれが覆されました。まあ、佐々木さん本人はそんなつもりで書いたのではないでしょうし、こっちの勝手なカン違いなのかもしれないんですけれど。

そんな佐々木さんの言葉が、自分にとって説得力を持ってきている中、彼がサブパーソナリティとしても参加しているTBSラジオの番組「文化系トークラジオLife」のポッドキャストの一部で、彼がおススメする本を紹介している中に、こんなコメントがあったんです。

「批評家としてね、いろんなものを批評してきた立場として常に思うのは、物事を作った人が、作ったものに対して何を自分がしたのかを本当に全部解っているわけじゃないと思うわけ。本人自身がやったのに、本人がなぜそれをやったのか解ってない、あるいは説明しきれない部分ていうのを説明してあげるのが、批評の役割の一つだと思うわけ。」

「(気になる作者に)インタビューする機会があったらしてみたいと思うし、いろいろ訊いてみたいけれど、それで(自分にとって)何かが全部解るって思っていなくって、知りたいのは、自分の納得だから、だから、作った人が、『いやいや違う』って言っても、自分の納得の中での整合性のある、自分自身が正解だと思える答えを見付け出すためのことっていうのをやりたいと思っているから。それは、単に作った人が『こう言うつもりで作りました』っていうことを聞くだけじゃやっぱりね果たせないんですよね。そこでやっぱり批評ってものの入り込む余地があるというか…」


自分は決して一緒になって批評家気取りになっているつもりもありませんし、佐々木さんもここで、我々の様な一般人がブログなどで語っていることを同じこととして言及しているわけではないことは充分承知なのですが、これを聴いて納得させられたのは、作者本人の言葉が必ずしも全てではないっていう所で、多分、作者の方で全て解りきって生まれた作品なんて、魅力のないものなんだろうなと。そうだとするならば、自分が聴いて感じたことを書いているのも、それも一つの解釈として、アリでいいんじゃないかと。ある意味心強い言葉をいただいた様な気になりました。これも都合のいい勝手な解釈なのかもしれませんが。そもそも作品って、店頭に並んだ時点で作り手の手元を離れ、作り手だけのものではなくなり(権利とかの意味じゃなくて)、聴き手それぞれの想いなどもそこに集積されていくものだと思いますし。

勿論、技術的やデータ的なことを盛り込んで作品を語る場合、そこは正確でなければいけないのは当然なのですが。

ここで紹介した佐々木さんのコメントは、現在でも「文化系トークラジオLife」のホームページからポッドキャストで聴くことが出来ます。ここにリンクを貼っておきますので、興味のある方は聴いてみてください。

http://www.tbsradio.jp/life/cat210/

このページの、「Life番外編~佐々木さんインタビューpart2」の終わりの方で語っています。
どうでもいい話なんですけれど、ついでに言うと、ここでの聞き手の黒幕はせがわ氏の声が、今堀恒雄氏の声にソックリです。

ちなみに今堀さんの声がこちらで聴けます。

そして、その「文化系トークラジオLife」なのですが、次回の放送は、6月22日(日)の25時30分~28時(6月23日(月)午前1時30分~朝4時)で、テーマは「秋葉原無差別殺傷事件」です。当日パソコンからストリーミングで放送も聴けますし、放送された内容は後日ポッドキャストでも配信される予定です。あの事件については、みなさんもいろいろ考えさせられることがあると思います。興味のある方は、こちらもどうぞ。

http://www.tbsradio.jp/life/




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コメント
この記事へのコメント
loosecubeさん こんにちは。

興味深く読ませていただきました。

僕は感想の域のみで書いていますので、凄い、とか楽しいとか(笑)
loosecubeさんのように安定感のある文章をいつかは書いてみたいと
思っています。

作り手と受け手のあいだということで
僕が過去、疑問に思った例を。

①地元の美術展でのこと。
見るものの想像力をかきたてる作品、との評により賞を取った作品がありました。ところがその作者のコメントは、実際あまりにも何も考えてない、見る方のご想像におまかせします、というコメントでした。
作者に対して魅力を感じないんですよね。そうするとコメントはマイナ
ス要因でしょうか。

②岡本太郎特集。
数年前、某民放TV。
ダヴィンチコードが流行ってた頃。
岡本太郎の作品には隠された呪術的要素がある、との話で過剰な解釈と演出。僕は激怒しました。適当すぎます。

どの立場であっても、
しっかりと伝えなければいけないことは伝えなければいけないとか、しっかりと伝えたい、伝えようとしている人が好きだなあと、現在のところ僕は思うんです。
2008/06/22(日) 08:01 | URL | araigma #-[ 編集]
>僕は感想の域のみで書いていますので、凄い、とか楽しいとか(笑)
>loosecubeさんのように安定感のある文章をいつかは書いてみたいと
>思っています。

どういう意味で安定感とおっしゃってくれたのかイマイチよく分っていませんが、
自分も結局は凄いとか楽しいとかを言っているだけで、
それをいつも上手くまとめられなくて、ダラダラと長い文章で読み難くなってしまっているんです(苦笑)。何回も書き直してはみるのですが…
先程も、内容の主旨は変えてはいませんが、本文をちらっと書き直しました。
逆に自分はaraigmaさんの様に、読み易い文章で人に伝えられる様になりたいです。

>①地元の美術展でのこと。

その作者が、例えば、ぶっきらぼうだったりとか、皮肉を込めてとか、どういう話し方でコメントをしたのかは分らないので、araigmaさんからいただいたコメントの内容を読んだ限りでの判断になってしまうのですが、自分には、その作者のコメントはマイナス要因には特に思いません。
昔、立花ハジメが「言葉では言い表せないから、音とか、絵になるわけですよ」のようなことを言っていたと記憶するんですけれど、そういうことなんだと思います。
今堀恒雄も、曲を書いている時、頭が空っぽだとMCで言っていましたし。まあ、こちらは、半分冗談で言っているのかもしれませんが。

>②岡本太郎特集。

これは要するに、岡本太郎に対して誤解を招く様な紹介の仕方をしていたということなのでしょうか。
間違った解釈…例えばその原因の一つに「知識不足」が挙げられると思うのですが、しかしその「知識」が、受け手側の想像の枠を限定させる、知識が想像の邪魔をするっていう場合もあるので、知識不足そのものを、一概には否定出来ない。知識の枠からはみ出してしまうのが、間違った解釈になってしまうっていう…
状況によるんでしょうかね。「間違った解釈」なのか「それも一つの解釈」なのか。「明らかな誤解」の線引きは。

>どの立場であっても、
>しっかりと伝えなければいけないことは伝えなければいけないとか、しっかりと伝えたい、伝えようとしている人が好きだなあと、現在のところ僕は思うんです。

「例えば展覧会で気になる絵画に立ち止まったとします。その立ち止まらせた『力』っていうのは絵にあるのではなく、観た人のイマジネーションの中にあるんだ」と日比野克彦さんが言っていたのですが、それを踏まえて、作り手側の伝え方が必ずしも言葉に限らないっていう前提で言うならば、それがしっかり伝えているのかどうかは、受け手側の感性によるものも一つあると自分は思います。
2008/06/23(月) 09:45 | URL | loosecube #Mz30KDvM[ 編集]
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