【アルバム】ドイツ系

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サッカーW杯ドイツ開催 + ヤン・ウルリッヒのスール・ド・スイスでの総合優勝を祝って(ただのこじ付けです)、ここでドイツものを一つ。

A.K.KLOSOWSKI/PYROLATOR/HOME TAPING IS KILLING MUSIC

akpyr.jpg85年、サンプラーが楽器の中でもてはやされてきた時期に、あえて(ってわけでもないのでしょうが)コンパクトカセットプレイヤー8台を繋げたマシーンを使ってコラージュしたA.K.クロゾフスキーと、デア・プランのピロレーターによるコラボアルバムです。

ジミヘンのギター等の音楽ネタや、人の会話等をネタにコラージュしていますが、コラージュといっても混沌としたものにはなっておらず、ユーモアがあります。ピロレーターの放つ音の方も、これの前にリリースされた自身のソロ「ワンダーランド」に似た、カワイらしいユーモア路線ですね。ただ「ワンダー~」よりも幾分かビートが効いています。7曲目なんかは、立花ハジメの「XP41」にも似た雰囲気を感じます。また、A.K.クロゾフスキーのコラージュする音に溶け込む様にピロレーターの方も音質を下げていますね。

A.K.クロゾフスキーの機材にはデジタルサンプラーでは表せない独特なニュアンスがあるだとか、もしくはデジタルサンプラーがなくても身近で手頃な機材で駆使すれば似た様な事は出来るだとか、どういう狙いがあるのかは正直言うと自分にはよく判りませんでした。(リリース当時に聴いていればもう少し判ったのかもしれませんが)ただこういうのは、創作機材で作品を作ったと言う“プロセス”に意味があるのだと思います。それによって曲作りのインスピレーションにも繋がるのだと思いますし。ただしリスナーにとってはCDという“結果”の中でしか判断する事が出来ない為、想像は出来てもプロセスは伝わりません。そうした場合、インナーにこの様な実際使用した機材の写真を載せる事はこの手の作品には有効になってくるのだと思います。
klosowkyset.jpg

そういえば立花ハジメも、オブジェ的な楽器を創作したりして、似た様な事をやってましたよね。
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 LITHOPS/SCRYPT

scrypt.jpgマウス・オン・マーズのヤン・シュテファン・ヴェルナーによるソロプロジェクト、リトップスの3rdアルバムです。

 1stでは電子音がフワフワと流れていくぼんやり感が心地いい音楽、2ndではチープで愉快な音が散りばめられた面白い音楽ときましたが、この3rdでは冒頭からいきなり乱暴でノイジーです。それは挑発心や悪戯心から来るものというよりは、世の中に起こっている喧騒を音楽で表現したかの様です。もしくは崩壊されていく音楽というよりも、どこかのファクトリーでスクラップをかき集めてきてオブジェでも逆に組み立てているかの様な音楽にも聞こえます。今までになく緊張感が漂うのですが、どこか心地よさも感じさせます。そしてどこか哀愁をも漂わせます。このアルバムはノイズの洪水からいろんな聞こえ方がしてきます。ジャケットを手に取ったり遠ざけたりすると自分には表情が変わって見えてくるのですが、音楽もまさにそんな感じです。

 今作では相棒のアンディやフェリックスの他に、フリージャズのミュージシャンなんかも参加しているのですが、ここではアコースティック楽器も電子楽器も、フィールドレコーディングもデジタルノイズも境界線がなくサウンドが全体に巧く溶け込んでいます。

 リトップスとマウス・オン・マーズの違いは何なのかというと、マウス・オン・マーズをもうちょっと抽象的な音にしたのがリトップスなのかなとも思いましたが、マウス・オン・マーズにも「インストゥルメンタルズ」や「グラム」の様な抽象的なアルバムが存在するので一概にそうとも言えません。正直自分にも違いがよく判りません。ただこの「スクリプト」は決してマウス・オン・マーズ名義にはならない異質な感じも受けます。中には「PLAY THOUGH」「ATTACHED」など、マウス・オン・マーズの曲と言っても違和感のない曲もありますが、こちらの方が選んでいる音がもっと重くて硬くて激しく、歪み方も鋭く、やかましさの質にも重みがあります。

 ヤンの新たな一面がこのアルバムで垣間見れたと言った所でしょうか。

 リトップスは決してヤンの単なるストレスのはけ口や片手間などとは違う、とても質の高い音楽性を持っています。今の所自分の耳ではリトップスのアルバムにハズレはありません。
  PROPAGANDA/A SECRET WISH

propaganda4.jpg YMOが散開した翌年に映画「PROPAGANDA」が公開されて、「これでYMOももう終わりなんだなぁ」と思っていたその頃、FM STATIONという当時のFM情報誌の番組表でエアチェック(懐かしい響き)していたら、確かクロスオーバー・イレブンだったと思うんですけれど(もしくは「マイ・サウンド・グラフィティ」だったかも)、その枠内に同じ「PROPAGANDA」という文字のバンド名を見付けたのがこのバンドを知るきっかけでした。

propaganda2.jpg そこでオンエアされた曲は「ドクター・マブーセ」という、フリッツ・ラングの映画からインスパイアされたシネマティックな曲の12インチ・ヴァージョン(シンフォニックに展開される方じゃなくて、マリンバ系の音がもっとハッキリしていて、メタルパーカッションがフィーチャーされている方)だったのですが、これ聴いて自分はそのエレクトリックなサウンドにハマりました。

 プロパガンダは、メインヴォーカルのクラウディア・ブリュッケンに、ディー・クルップスにもいたラルフ・ドルパー、ポエトリーリーディングの様な語りを担当するスザンヌ・フレイタッグ、ドイツ交響楽団のヴィブラフォン奏者でもあるマイケル・メルテンスの、ドイツの男女2人ずつの4人グループです。

 ここでオススメするアルバムは、85年にUKのZTTというレーベルからリリースされた1stです。当時フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、アート・オヴ・ノイズと共にこのレーベルの看板アーティストでした。ZTTといえば、「ラジオスターの悲劇」のヒットでも知られるザ・バグルズのトレヴァー・ホーンがプロデュースするアーティストを数多く輩出する事で知られたレーベルでした。

propaganda3.jpgアルバムは全体的にデカダンで耽美的でモノクロームな印象があります。それでも決して重苦しくはなっていなく、メロディーがポップでダンサブルなノリがあります。布袋氏も当時の雑誌で「パーソンズよりワイズっだったり(←うわぁ時代を感じる)、ちょっぴり大人っぽいあなたには最適」と推薦していました。中には「不思議の国のデュエル」の様なロマンティックでカラフル感を感じさせる曲も存在します。因にこの曲のPVのディレクターはあのウルトラヴォックスのミッジ・ユーロです。

 機材は当時流行ったフェアライトというサンプラーを取り入れているのですが、これが例えば、同じZTTのアート・オヴ・ノイズはそれをいかにもな使い方をしていたのが特徴でしたが、プロパガンダはもっとさりげなく、楽曲の1部として使っていました。「不思議の国のデュエル」では元ポリスのスチュワート・コープランドのドラミングを一度解体してサンプリングして使っているそうです。シンセドラムのシモンズなんかも使われているのですが、これもサウンドのスパイス的な上手い使い方をしているので今聴いても時代の流行りみたいな古くささは感じさせません。

 このあとメンバーはヴォーカルのクラウディアが抜け、シンプル・マインズのメンバーや新ヴォーカルを入れて再編し、ティアーズ・フォー・フィアーズの「ソングス・フロム・ザ・ビッグチェアー」をプロディースしたクリス・ヒューズと、そのアルバムでキーボードを弾いていたイアン・スタンリーをプロデュースに迎えてアルバムを1枚リリースするのですが、なんかイマイチでした。act.jpg

 それよりもその後クラウディアがトーマス・リアーと組んだ「ACT」の方が、プロパガンダの「~デュエル」色だけを抽出した様な、ちょっとオシャレなポップスでしたけれど、低い声で歌わせると怪しい雰囲気を漂わせるのに対し、高い声で歌わせるとどこかあどけなさを漂わせるクラウディアの独特のヴォーカルが活きていたので、好きでした。

Claudia.jpg 更にその後もクラウディアは、JAPANの「錻力の太鼓」のプロデュースなどでも知られる元ペンギン・カフェ・オーケストラのスティーヴ・ナイ等をプロデュースに迎えてソロアルバムをリリースするのですが、シングル曲は好きでしたが、こちらはちょっとアイディア不足な感がしてイマイチでした。
  DAF/DIE KLEINEN UND DIE BO¨SEN

DAF1.jpg DAFと言えばガビ・デルガド(vo)とロベルト・ゲール(ds)の2人になってからの、ほとんどがシンセベースとドラムとヴォーカルだけの反復ハンマービートでスタイルを確立してからの方が高い評価を得ていますが、これはその前の、ヴォルフガング・シュペルマンス(g)とクリス・ハース(syn)がまだメンバーにいた頃の、過激でノイジーでパンクだった80年リリースのアルバムです。

 ガビの感情的に叫ぶヴォーカル、クリスのチープだけど怪しいシンセ、ヴォルフガングの調子っ外れの狂ったギター、ロベルトのまだ同期しきれていない前につんのめったドラム。この4人の醸し出す音はとてもテンションが高く、みんなイカ○ています。この4人のだれか1人でも欠けたらありえなかったキセキの音です。

 このアルバムはDAF名義では2枚目にあたるのですが、1stではまだ模索段階的な、とりあえず自分達の音を出してみようといった印象を受けるのですが、ガビが加入する事により、ガビの発するヴォーカルに触発されて皆が独自の持っている音をいい具合に引き出されて完成したのがこの2ndなのだと思います。

 一聴するとみんな適当に出したい音を好き勝手に出し合っているだけな感じにも聞こえるのですが、各々の出す音に各々が反応し、「オ、そうきたか、じゃあこっちはこうだ」みたいな掛け合い、いわゆる“セッション”から生まれて出来た、ちゃんと作られた音の様な気がします。maumau.jpgギターのヴォルフガングが抜けて自身が結成したバンド「MAU MAU」のアルバムを聴くと、彼のいい意味での“壊れた”ギターがDAF程発揮されていないのですが、それは反応(セッション)する相手の違いなんだろうと思います。まあ、そこでは方向性を変えたっていうのもあるのかもしれませんが。

 曲によっては後の“2人DAF”やクリスのリエゾン・ダンジュルースで見られる単調ビートの片鱗も見え隠れします。

 このアルバムは前半がスタジオ録音で、後半がライヴ録音に分かれています。特に面白いのがライヴの方で、とにかくテンションがもの凄く高い!。ガビのヴォーカルなんか聴いているとつい笑ってしまうのですが、いや、彼は決して笑いを取っているつもりでは全く無く真剣なんですよ。なんて言ったらいいのかなぁ。「いーよー、好きだよー、そういうの」っていう笑いって言えば分かりますでしょうか。

 この頃のDAFの類似性を当時のスロッビング・グリッスル辺りから見い出すよりも、個人的にはポップ・グループなんかに近いものを感じますね。そう、この頃アメリカにはDNAがいて、UKにはポップ・グループがいて、西ドイツにはこのDAFがいたのです。

DAF2.jpg このアルバムには未収録で、卓球氏曰く「ノイエ・ドイチェ・ヴェレ(ジャーマン・ニューウェイヴ)のアナーキー・イン・ザ・UK」と称したDAFの代表曲でもある「ケバブ・トラウマ」をこのメンツ(+ベーシスト)でも演っていてシングルを出しているのですが、“2人DAF”のヴァージョンよりも荒削りっぽさがあってオススメです(ヴォルフガングのフランジャー掛かったギターが聞けます)。因にB面はこのアルバムにも収録されている曲「Gewalt」のスタジオ録音ヴァージョンです。
stacka1.jpgアルバムのカテゴリーですけれど、今回は12インチシングルのオススメになります。

f.x.randomiz=フェリックス・ランドミッツの音を自分が初めて耳にしたのが2000年のマウス・オン・マーズの来日公演のオープニングアクトの時で、1台のPowerBookG3から放たれた刺激的な音が忘れられず、後日彼のレコードを探しに行きました。そしてみつけて購入したのがこの「stack」でした(1999年リリース)。そしてこれがまた刺激的でした。超変態エレクトリックサウンド。脳の中に電子音が入り込み暴れまくってもう頭クラクラ状態。たちまち彼のサウンドの虜になりました。A面の「dd-kito」なんか通常使われる様なキックもスネアも入っていないのにダンサブル。グチャグチャに飛び交う電子音でちゃんとノる事が出来るのです。
stackb1.jpg
 そのメチャクチャ振りは近年のオウテカのサウンドにも似ていますが、オウテカの場合、乱暴とか強引さを感じさせるのに対し、f.x.の方は、まるでコンピューターが急に暴走をし始めたかの様な狂いっぷりです(それで踊れるんだから凄い!)。この12インチだけに関して言うのならば、電子音を料理する腕前はオウテカよりもf.x.の方が上を行ってると思います。

 f.x.は97年に「goflex」というアルバムも1枚リリースしています。「stack」程刺激的ではありませんが、そこではかなりセンスのいいエレクトロニカをやっています。最近のは誰が演っているのを聞いても同じ音に聞こえてしまうエレクトロニカですが、彼はそんな他のものとは一線を画す位、電子音の扱い方の妙技を感じさせます。

 彼は他にもマウス・オン・マーズのヤン・ヴェルナーとのユニット「デュー」や、シュラムパイトチガーとのユニット「HOLOSUD」などもやっていますが、他のアーティストと組むやつはなんかイマひとつ彼の魅力が発揮出来ていない気がしてしまいます。相手に遠慮しちゃっているのか、引きに回っているのか…

 とにかく自分にとってもはやf.x.は、マウス・オン・マーズよりも、オウテカよりも次回作が待ち遠しいアーティストとなりました。がしかし、たまにオムニバスで曲を提供する程度で、シングルすらリリースする気配が全然なくて残念なのですが…。

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C-SCHULZ&F.X.RANDOMIZ/DAS OHR AM GLEIS

KRAFTWERK/ELECTRIC CAFE

krftwrkelecafe.jpg テクノの神様、KRAFTWERKの1986年発表の通算9枚目のアルバムです。

 KRAFTWERKと言えば、「アウトバーン」~「コンピューター・ワールド」辺りが代表的なアルバムで、このアルバムは比較的評価も低く、このグループの本当の魅力を知るという意味では初心者向けではありません。時期的にもテクノポップが衰退してきた中、久しぶりにリリースされ相変わらずな音をしていたため呆れられてしまっていた感もあります。少なくとも自分にとってはこの時期テクノに飢えていたので貴重でした。そんな当時よく聴いていたこのアルバムにも聞き所はいくつかあると自分には思います。

 マシーンの“ヴォイス”で全編をかたどる「ボウイング・ブーム・チャック」では、リズムに合わせて同じ言葉を繰り返すだけなのですが、言葉の発音が楽器音の一部として機能し、それらが上手く絡まり合いリズミカルにアンサンブルを奏でます。又“ヴォイス”を敢えてマシーンにしゃべらせる事により、コトバの輪郭が浮き彫りになり逆にリアルさを醸し出している事にもなっています。

 続く2曲目の「テクノポップ」では、ほとんど一つのフレーズの繰り返しの中で音色が変わっていくだけなのですが、飽きさせません。又ここでのフレーズで使っている音の幾つかはおそらくFM 音源の、しかもオルガンやマリンバやストリングス等のプリセットサウンドをほぼそのまま使っていると思われるのですが、彼らが使うとちゃんとKRAFTWERKに聞こえてしまうから不思議です。彼らはどんな機種を使っても、“KRAFTWERK”としての気持ちいい音の出し方、響かせ方を分かっている人達なのです。あ、でも「セックス・オブジェクト」のチョッパー・ベースだけはなんからしくないけれど。

 そして今までの作品に比べて音に奥行きを感じ、そして冷たい。その冷たさは、火を入れる前のオーディオ機器のボディーを触った感覚に近いイメージを個人的に受けます。

追記:

 別に誰かに指摘されたわけではないんですけれど、後で読み返してみると何をもってKRAFTWERKに聞こえるのかが書かれてなく、説明不足なので、それについてコメントを付け足します。

 彼らの演っている音楽は「テクノポップ」です。そう、テクノはテクノでも「ポップ」なんですね。彼らはまずポップでもあるのです(初期は除く)。KRAFTWERKの音楽をポップと思わせる要素の一つにメロディーやフレーズにあると思うのですが、これが皆シンプルに出来ていて、そこから耳に残る馴染み易さが編み出され、それが無機的な演奏に乗るとKRAFTWERKになります。

 実際にはアレンジや音のチョイスなど、色々な要素が含まれてKRAFTWERKになるのですが、そこが基本だと思います。
ea1ea2rmx.jpg リミックスアルバムって(最近のは特に)自分はあんまり興味がありません。

 同じ種類のものが2つ以上存在すると、そこに比較が生まれますよね。リミックスも原曲があるからリミックスとして存在するわけで、そうするとどうしてもそこで比較対象になるわけですよ。それで、大概リミックスを聴いてみたいと思う場合って、原曲が好きだからって言う理由が多いと思うんです。でもそもそも原曲が好きなんだから、リミックスの方がそれより好きになる事ってあまりないと思うんです。逆にリミックスを先に聴いて好きになってしまうと、後に聴いた原曲の方がいいと思える事はあまりないと思います。要は先に聴いた方がいいと思った場合、後に聴いた同じ種類のものの方がそれを超えていいと思える可能性は少ないという事です。

 これは「原作」と「映画」の関係にも同じ事が言えるかもしれません。

 また最近の傾向は、原曲のイメージを無視して(原曲はインスピレーション程度で)、リミキサーの感性だけで勝手に作り変える、又依頼側もそれを望む事が多いので、いいと思えるのが少ないんです。もうそうなったら、リミックスじゃないよね

 原曲とリミックスを別物として考えればいいのでしょうけれど、リミックスと名前が付いてしまっている以上、自分の場合どうしても比較から切り離す事が出来ません。

それでも、原曲とリミックスのどちらも甲乙付けがたいといった例外もあるのですが、自分にとってリミックスはそういう“当たり”の可能性って低いんです。

これがアルバム単位ともなると、可能性は更に低下していきます。

 今回オススメするアルバムはそんなリミックス盤の中でも自分にとって“当たり”のやつです。

 以前にも紹介した、ドイツの音響ジャズバンド、タイド・アンド・ティックルド・トリオの「EA1 EA2」のリミックスになります。

 これのどこが気に入ったかと言うと、ここに参加しているリミキサー達の事はよく知らないのですが、アルバムの原曲にあるイメージ(クールで、ストイックで、程良く絡む楽器と電子音)を損なわず、このバンドの持っている特徴を生かしてみんなリミックスしているんです。なのでアルバムとしてもまとまって聞こえ、曲を跳ばしたくはならずサラッと気持ち良く聴き通す事が出来るんです。この辺は、リミキサー達にそういった主旨で依頼していたのかもしれないし、もしくは皆で潜在的にこのバンドに対してのインスピレーションがそういう風に働いたのかもしれません。ひょっとしたらリミキサー達の正体は元々このバンドだったりして。

 こういうのって、もしかしたら今時のリミックスアルバムとしては邪道なのかもしれません。それでも自分にとってこのアルバムは“当たり”でした。

 ではこういったタイプのアルバムしか自分はリミックス盤は好まないのかと言われたら、そんな事はありません。12インチのリミックス盤の寄せ集めになったTORTOISEの「REMIXED」は、リミキサー達の個性が強いアルバムですが好きです。

 「なーんだ、じゃあ結局理屈うんぬん関係なしに好きなものは好き、嫌いなものは嫌いってだけじゃないか」って言われそうですけれど、う~ん、その通りですね。(開き直り)

>>最近のリミックスについて~その2
  MOEBIUS-PLANK-NEUMEIER/ZERO SET

zeroset.jpg 最重要盤!
 クラスターのディーター・メビウス、コニー・プランク、そしてヘヴィー・サイケバンド、グル・グルのドラマー、マニ・ノイマイヤーの、82年にリリースされたこの3人では唯一のコラボ盤です。

 曲調はほぼ変化なく反復で、シーケンサーで走る電子音の粒をフィルター変調で色付けし、その上にトリップ感のあるシンセ音が乗り、更にマニの躍動感あふれるドラムが絡む、“酔えてノれる”気持ちのいいアルバムです。

 「反復」「シーケンサー」「生ドラム」という所からDAFをイメージするかもしれませんが、あそこまでシンプルさは感じさせません。それは上に乗せるシンセの扱い方の違いもありますが、躍動感はあるけれど音数を必要最低限に、タイトに叩くDAFのドラムに対し、シーケンサーにしっかり同期しつつも、その制限内で表情豊かに叩くマニのドラムとの違いもあると思います。

 1曲目の「スピード・ディスプレイ」なんか、シンクロしながらドンドコとタムを回すジャングル・ビートがカッコ良すぎです。

 ともかく、「打ち込みに生ドラムを導入する場合、フュージョンになってしまわない様タイトに叩く」というテクノの定石をこのアルバムで見事にくつがえしました。

 勿論、上に乗っかっている音も刺激的だし、下を走る電子音も気持ちいいからこのアルバムは素晴らしいのであって、メビウス、プランクという、気持ちいい音の出し方を知っている人達だからなせる業でもありす。

 これもリエゾン・ダンジュルース同様、現代のテクノ・アーティスト達に多くリスペクトされている大変重要なアルバムです。

 両方のアルバムに絡んでいるコニー・プランクは、ホント偉大です。

 98年にマニ・ノイマイヤーが来日した時の永田一直と共演したライヴで、アンコールにこのアルバムの1曲目を演ってくれたんですよね。感動しましたよ。彼当時60近かったのにパワフルなドラムが健在でカッコよかった。
liaisons.jpg ジャケットだけ見るとレアなヴィジュアル系バンドのアルバムかなんかと一瞬勘違いしそうですけれど、これは元DAFのクリス・ハース他のユニット「リエゾン・ダンジュルース」の81年発表の唯一のアルバムです。

 基本ベイスは(2人組になってからの)DAF風な、シンプルで、シーケンスフレーズのリピートで、語り調ヴォーカルだけど、ドラムはシンセで鳴らしているのでDAF程パワフル感はなく、その代わりDAFより変態。

 妙な所で変な声を発したり、ヒネクレたシンセ音を鳴らしたりとにかく変。このダンジュルースなヤバさはクセになります。

 ホアン・アトキンス等にリスペクトされ、デトロイト・テクノのルーツにもされている重要な一枚でもあります。

 9曲目なんか、宙に放り投げ出され、身動きが取れない様な浮遊感があります(めまいも少々)。

 8曲目では、ゲスト・ヴォーカルにDEVOでおなじみのブジー・ボーイが参加(嘘)。

 この人がいなければ今日のテクノは存在しなかったであろう最重要人物、コニー・プランクのプロデュース。

 このアルバムのCDが再発された頃、CDショップのオススメ書きに「既成の楽器は使用せず~」なんて、メカ野店長監修の「ジャーマン・エレクトロ・リミックス」と云う本で紹介されていた文をそのまんま写してあるのを何店舗か見かけましたが、アレ実はアーノー・ステファンのアルバムの事で、ミスプリントだったのにね…

 この前このユニットの当時のライブ映像を観たのですが、ヴォーカルがこのアルバムのレコジャケみたいな格好しているのかと思ったら、別に普通の格好でした。その代わり左胸に日本語で「どん兵衛」とプリントされたシャツを着ていたのが笑えましたが。

 >> DAF/「小者・悪者」
   HOLGER HILLER/EIN BU¨NDEL FA¨ULNIS IN DER GRUBE

holger.jpg このアルバムがリリースされた80年代中頃は、当時まだ珍しかったサンプラーをアーティスト達がこぞって使いまくっていた時期でもありまして(まだまだ一般の人には手の届かない物でしたが)、それは丁度今で言う、エレクトロニカのプラグインみたいなものでちょっと使えばある程度面白い音が出来上がるため、そこで満足してしまって“誰がやっても同じ音”になってしまいがちでしたが(みんなアート・オヴ・ノイズみたいじゃんか…みたいな)、更に一歩踏み込んだ使い方をすればそのアーティストの個性が引き出される面白いツールでもありました(現在でもそうですが)。

 元パレ・シャンブルグのホルガー・ヒラーはまさにその一歩踏み込んだ使い方をこの1stでしていて、過激とクール、シリアスとユーモアのすき間をかいくぐる、彼だから出せる独特な音を提示しています。

 ただこのアルバムで彼はサンプラーにたよっているってわけでもなく、あくまで彼の音楽を表現するための1つのパーツとして使っている感じです。むしろサンプラーが前面に使われていくのは2nd以降になります。

 ドイツの一部のアーティスト達には、他の国には持っていない独特の脱力感があります。ホルガー・ヒラーもその辺が顕著で、このアルバムにはひょうし抜けとか、間抜けとか、気が抜けるとか“抜ける”が付くキーワードがよく似合います。収録曲の「あわないパンツ」の「ラ~ラララ~」と、かったるそうに歌う歌い方なんか聴いてると思わず笑ってしまします。アルバム全般で弾いているベースギターもどこか力の抜けた、スマートともちょっと違う何とも言えない感触があります。

 「ドゥ~ドゥ~ドゥ~ワァ~ア~」と、これまたかったるそうなコーラスの収録曲「ジョニー」は、シングルカットにもなったホルガー・ヒラーの代表曲です。

 因に初期「うる星やつら」の音楽などを担当した小林泉美は、ホルガー・ヒラーの(元?)奥さんです。
palais.jpg
 ザ・フライング・リザーズのデヴィッド・カニンガムを共同プロデュースに迎えたドイツのバンド「パレ・シャンブルグ」の81年発表のメジャーデビューアルバムです。ホルガー・ヒラー、トーマス・フェルマンらが在籍していました。

 音はスカスカ、演奏はギクシャク、シンセやホーンの発する音はなんだか外れてるし、ヴォーカルは感情的に叫んだり、変な声出したり…テンションが高く緊張感も漂うけれどベースは妙に冷めていたり(ベースをハジいている曲も1曲ありますが)。ただそれは黙々とスマートに弾いているっていうのではなく、やっぱりどこかぎこちなかったり。ファンクなのにノリが掴みずらかったり。

 普通こんなんだと小難しい音楽になるかただ珍しいだけになる所なのですが、このバンドがそうなっていないのはフライング・リザーズと一緒でポップを感じさせるからです。でもホルガー・ヒラーはポップな方向を目指すのが嫌で1stでこのバンドを脱退したと発言していますので、元々ポップなど目指していたわけではないのかもしれません。この辺はもしかしたらデヴィッド・カニンガムの力量なのかもしれません。その前に出したシングルとの違いからしてもそう思わせます。もっともホルガーはもっと受けのいい音楽という意味でそこでポップと言っているのでしょうが。そもそもポップって言葉、人によって感じ方や位置づけ、定義は微妙に違うと思うし。

 じゃあ自分にとってのポップは何なのか?と訊かれると…感覚では解っているのですが、言葉にすると…すいません考えておきます。単に聞き易い音楽ってわけでもないし。

 あ、あと思ったのが、エトロン・フー・ルルーブランの「大地に刻んだ溝」を聴いて、これって、演奏が巧みなパレ・シャンブルグの1stだなあって。音程感とかピッキングベースの感触とか妙なスカスカ具合とかが似ているなあと。ジャケットの赤と黒のコントラストの類似からくる先入観もあるのかもしれませんが。



>>Palais Schaumburg LIVE @ 代官山 UNIT(2012.07.07)



  PYROLATOR/PYROLATOR'S WUNDERLAND

pyrolator.jpg 元DAF、そしてドイツのレジデンツとも言われているヘンテコ・アート集団、デア・プランのメンバーでもあるピロレーターの、84年にリリースされた通算3枚目のソロアルバムです。

 1stはアナログシンセサイザーを使ったノイジーな実験音楽、2ndはデア・プランにも似たヘンテコ・テクノポップ路線…と続きましたが、このアルバムでは動物の鳴き声や、日常生活の音などを当時普及し始めたサンプラーを使って、とても可愛らしく作品を作り上げています。
 又、デジタルシンセサイザーのDX-7がもてはやされた当時、ほとんどのミュージシャンはそれをブラスやストリングスなど既成楽器の代用的な使い方をしていた(生演奏の代わりとしてではなく、パートとして)のに対し、彼はここでそれを“シンセサイザー”としてこの楽器の持つ特徴を生かす使い方をしていました(ハイのきらびやかさなどを可愛らしくみせたり)。

 とにかくこのアルバムは全体的に曲が可愛らしく馴染み易さがあるのですが、どこかインチキくささも漂います。こどもが聞いても騙されないぞーみたいな。(まあ、デア・プランの人ですからね)もしかしたらこれはこどものための音楽というよりは、どちらかというと大人達の持っているこども心を呼び起こすために作られた大人のための音楽なのかもしれません。
…って言うか、まあ別に聴く対象を限定して作ったわけではないのかもしれませんが。

 エキゾティック・ミュージックの重鎮、マーティン・デニーのオマージュとして、彼の曲をサンプリングに取り入れたジャングルムード満載の曲もあります。


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A.K.クロゾフスキー + ピロレーター/ホーム・テーピング・イズ・キリング・ミュージック

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